−　Ｂｉｒｔｈｄａｙ　−　（氷室Side）





住み慣れた　この部屋が　一人では広く感じる・・・・・・。
そう思うようになったのはいつの日からだろう？

こんな日は　一人でいるのが苦痛に思う・・・・・・。
俺は知り合いの店に酒を飲みに出かけた。


　「よぉ久しぶり。あれ？　今日はちゃん　一緒じゃないのか？」


（・・・・・・・全く。出会い頭にいきなり彼女の名前を出すか？）


彼の挨拶に　少し不機嫌になりながら　俺は答える。


　「・・・・・・当然だ。未成年者をこんな遅い時間に連れて歩ける
　わけがないだろう？」

　「オマエも相変わらずだなぁ。まだ９時だよ？」


余計なことは言うな　と　俺は目で制すと　彼は肩をすくめた。


　「・・・・・・いつものでいいか？」

　「ああ。」


俺は角のカウンター席に座る。
間もなく彼が酒を持ってカウンター席の前に現れた。
そして　グラスに酒を注ぎながら


　「なあ　零一　なんかあったのか？」


と聞いてきた。


　「別に・・・・・・。」

　「まさかオマエ　ちゃんと喧嘩したとか？」

　「喧嘩などしていない。」

　「じゃあ　なんでそんな顔しているんだよ？」

　「・・・・・・。」


昔から思うが　彼はヘンなところで勘がいい。
いや　正直になれ。俺は本当はこの自分で持て余している
この感情を聞いて貰いたくて　ここに来たのではないか？


　「・・・・・・しばらく会っていないんだ。」


俺は　この店に来る約１時間前にあった彼女との電話のやりとりを
思い出しながら　ことの次第を彼に話し始めた。





　『やっぱり明日も・・・・・・一日　学校ですよね？』

　『そうだ。文化祭まであとわずかだからな。
　文化祭が終わるまでは　すまないが・・・・・・。』

　『わかってます。文化祭のステージは見に行きますからね？』

　『ああ。』

　『寒くなってきたから　風邪なんか引かないように気をつけて
　くださいね？』

　『それは君もだろう？　』

　『はーい』

　『それでは・・・・・・。』


俺は電話を切った後　ため息をついて考え込んでいた。


（もうどのくらい彼女の顔を見ていないのだろう。
・・・・・・もう１ヶ月近くになるのではないだろうか？）


電話ではこうして連絡を取り合ってはいるものの・・・・・・
秋になってから　彼女とは　予定のすれ違いが多くなっていて
会えない日々が続いていた。

”はばたき学園”では毎年１１月の第２土曜日に文化祭が開催される。
俺が顧問を務めている吹奏楽部の集大成となるこの文化祭の時期は
土日祝日関係無く学園と自宅を往復する毎日だ。

彼女も元吹奏楽部ということもあり　俺の立場を充分理解しているから
無理は言わない。
それは同時に我慢を強いてしまっていることも分かっている。

お互いにそれぞれの生活があるから　それは仕方のないことなのかも
しれないが・・・・・・。





それまで俺の話を黙って聞いていた彼が口を開く。


　「なんだよそれ。オマエはそれでいいのか？　ちゃんに
　会いたくないのか？」

　「そんなことはない・・・・・・。会いたいのはやまやまだ。」

　「じゃあ今すぐにでも会いに行けばいいじゃないか。」

　「しかし　私の都合に合わせれば　こんな夜にしか時間が
　取れないだろう？　未成年者である彼女を　こんな遅い時間に
　外出させるわけにはいかない。それに・・・・・・。」

　「それに？」

　「彼女もまだ学生だ。夜遅くなれば翌日に響くだろう。」

　「って・・・・・・。」


本当は俺だって　今すぐ会いに行って彼女をこの手で抱きしめたいと
思っている。
彼女に出会うまで　知らなかったこの自分の醜いまでの独占欲。


　「零一・・・・・・この際だからハッキリと言わせてもらうけど。
　オマエさぁ・・・・・・。」

　「なんだ？」

　「ちゃんの前でも　あいかわらず”教師”のまんまだよな。
　いや”保護者”って言った方が合ってるか？」

　「・・・・・・俺はそんなつもりはない。」

　「いや〜　俺にはそうは見えないね・・・・・・。
　大切にしておきたい気持ちも分かるけどな。ちゃん　ホントに
　いいコだもんなぁ。でも　ちゃんも来年は二十歳だろう？
　零一が思っているほど　彼女は子供じゃないと俺は思うぞ」

　「・・・・・・オマエに言われなくない。」


彼女を子供扱いしているのではない。
しかし　本当に俺でいいのか？　と　いつも自問自答する。

彼女には彼女の　今よりもっとふさわしい道があるのではないか？
俺と一緒にいることにより　彼女の可能性を狭めていないだろうか？
それを　俺の独占欲だけで縛ってしまっていいのだろうか？　と。

彼女を幸せに出来る自信はある。
幸か不幸か　彼女より１１年早く生まれてきた俺。
その分様々な人生経験をつんでいることが　そのうち彼女の助けに
なることもあるだろう。
だがしかし・・・・・・。


　「彼女が”生徒”じゃなくなって　もう半年以上経ってるんだろ？
　いつまでも”生徒”扱いのままじゃぁ　いつか逃げられるぞ。」


俺は　彼のまっすぐ見つめる瞳に耐えられなくなり　視線を逸らせて
手にしているグラスの中の液体を見つめた。

彼は俺に対してこうも言った。


　「それにオマエは・・・・・・普段から言葉が足らなさすぎる。」

　「・・・・・・。」

　「言葉に出さずに　オマエの考えを全部分かってもらおうなんて
　思うなよ？　ただでさえオマエは誤解されやすいんだからな。」

　「それは・・・・・・分かっている。」

　「そうかなあ〜？　オマエのことだから　今回のことだって
　ただ”忙しいから今は会えない”とかしか言ってないんじゃないか？」

　「・・・・・・。」

　「・・・・・・図星かよ・・・・・・。」

　「・・・・・・・・・・・・。」


俺は　彼女に出会うまで　自分がこんなに臆病な人間だとは
思わなかった。

俺のこの想いが　彼女の負担になるのが怖かった。
俺のこの想いを知ったら　きっと彼女は自分を犠牲にしてまでも
俺に尽してくれるだろう。

いや　逆にこの想いを知った彼女が俺を拒絶したら・・・・・・
そう考えると　何も言えなくなっていたというのも　また事実だ。


　「とにかくだ！　ちゃんと今の零一の気持ちを伝えて　ちゃんの
　気持ちをしっかりつかまえておけよ。」


（今の自分の気持ちを伝える・・・・・・か。）


　「・・・・・・そう・・・・・・だな。」


こうして理屈を並べ立ててはいるが・・・・・・。
それは本当は初めから分かっていたことかも知れない。
俺という真実を伝える努力もせずに　独りで考え込んで
しまっていたということを。
そして　それを伝える勇気が足りなかったのだと。


　「ホラ　分かったんだったら　景気づけにピアノでも弾いてこいよ。」


（また俺はアイツに背中を後押しされたな・・・・・・）


俺は手にしていたグラスをテーブルの上に置くと　ピアノへと向かった。

ピアノを弾きながら　俺は彼女のことを想う。
そして　次に彼女に会ったとき　どの想いから伝えようかと
思考を巡らせていた。



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