「こんな時間だが　今からピアノを弾いても構わないか？」
「もちろん、構いませんよ？　零一さんのピアノを聴くのは大好き
ですから。」
「そうか。」

何気ない　平日の夕食後の会話。
リビングに流れる零一さんのピアノの音色。
こんな風にゆったりと流れる時間と空間が　たまらなく好き。

零一さんのピアノの音色に身を任せながら　わたしはふと思った。

ゴールデンウィークを過ぎたあたりから

『ピアノを弾いても構わないか？』

という零一さんの台詞が　明らかに多くなっている。

ついこの間までは　零一さんが家でピアノを弾くのは休日と　平日
では吹奏楽部の全体練習があった日だけだったはずなのに。
今ではほぼ毎日　家でピアノを弾いているんだもの。

零一さんのピアノが聴ける機会が増えるのは　わたしとしては嬉し
いことなのだけれど。

（一体　零一さんに何があったんだろう？）

わたしはその疑問を　一曲弾き終えて一息ついた零一さんに対して
素直にたずねてみることにした。

「零一さん、最近　家でピアノを弾く時間が増えましたよね？
何かあったんですか？」

わたしの質問に　零一さんは少し驚いたような表情を見せたあとで
気を取り直したようにこう言った。

「俺は向こう３年間、はば学ではピアノを弾かないと　そう決めた
んだ。」
「えっ…？」

零一さんから返ってきた返事は予想外の返事で。

「それって…どういうことですか？」
「彼と俺の演奏と比べたら、俺のピアノは趣味でしかない。とても
今のはば学の生徒達に聴かせられる演奏ではない。俺にもプライド
があるからな。」
「ちょ…ちょっと、零一さん。それじゃあ何のことだかさっぱり分
かりません。きちんと説明してください！」

零一さんの話をまとめると　今年の新入生に音大付属中から編入し
てきた生徒がいて　その子が放課後　音楽室でピアノを弾いている
ということらしい。
なんでも　神童とか言われる有名なピアニストなんだとか。

「そうだったんですか…。でも　なんでそんなすごい子がはば学に
入学してきたんでしょうね？　普通ならそのまま音大付属高へ行き
そうなのに…。」

そんなわたしの問いに　零一さんは答えてくれなかった。

…………。

ちょっとした沈黙。
それに耐えきれなくなったわたしは　おもわず零一さんの背中に抱
きついて　こう言った。

「わたしは……零一さんのピアノが好きですよ？」
「……ありがとう。でも家でこうやって　君のためだけに弾くのも
悪くないだろう？」
「そうですね。しばらくは零一さんのピアノは私が独り占めですね。」
「…全く　君は…。」

ふふっ　と二人で笑い合う。

その後で零一さんがつぶやいた。

「彼もはば学で、俺のように何かを見つけられればいいが…。」
「え？」
「俺が君と出会って無色透明だった世界が彩られたように…。」

そう言われて　わたしは３年前の卒業式…教会で零一さんから受け
た告白のことを思い出して　頬が熱くなったのを感じる。
赤面したのを見られたくなくて　思わずわたしは零一さんの背中に
顔を押しつけた。

「零一さんって　時々照れるようなことをサラッと言いますよね？」
「そうか？」
「そうですよ。」
「…コホン」

…もしかして　零一さんも今　照れてる…かも。

これ以上からかうと何を言われるか分からないから　今日はこの辺
で止めておこうと思い　わたしは零一さんの背中から離れた。

「ごめんなさい。零一さん　ピアノの続き　弾いてください？」

零一さんは微笑みながら　再びピアノに向かった…。






(2010/11/5 脱)



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あとがき・・・みたいなもの。

直接ではないけれど　設楽先輩が出てきてます。
話としては　設楽先輩が１年生の時の話なので　２００８年の５月
〜６月くらいだと思っていただければ。

ＧＳ３で設楽先輩のＡＤＶイベント「教師」を見て　真っ先に妄想
したのがこの話（シチュエーション）で。
で　タイトルは　設楽先輩のもうひとつのＡＤＶイベント「学校で
ピアノを弾く理由」というのと間逆にしてみました。
だってだって！　設楽先輩が学校でピアノを弾くから　せんせぇは
学校でピアノを弾かないんだよ？　じゃあどこで弾くんだよ？　と
考えたら　家しかないじゃん！（マスターさんのお店カンタループ
で弾くというのも考えたのですけど　さすがに毎日お店に入り浸る
というのはないかな〜と思って）

ＳＳを書くのは実に８年ぶりになるので　ここまで形にするだけで
とても時間が掛かりました。
もう　既に似たようなネタが出ているような気がするけど許して…！

最後になりましたが…。
このＳＳ　全然　せんせぇの誕生日とは結びつかないですけれど
せんせぇ　３５歳のお誕生日おめでとうございます！！


(2010/11/5 記)