くりすます　のすたるじあ



　「零一さんって、いくつまでサンタさんを信じてたんですか？」
　いつもの店のカウンターで、君が、好奇心いっぱいの目で私に訊いた。

　
　「．．．君は、どう思う？」
　「えー、零一さんって、子供の時から、現実主義だったんですよね？
　でも、小学生の頃なら、まだ信じてました？」
　
　
　それを聞いた、あいつがカウンターの中で笑う。

　「何で笑うんですか〜？　マスターさん！」
　「．．．くくっ。」
　「．．．笑うな！」
　「いや．．．悪いな．．．でも、可笑しくて．．．。」

　益田は、まだしつこく笑っている。

　「なになに？？　気になります〜！」
　君は、益田と私を交互に見て、興味津々だ。

　
　「零一、話してやれよ。」
　「．．．イヤだ．．．。」
　「駄々こねてないでさ。」
　「．．．断る！」

　
　私たちの押し問答を聞いていた君は、いたずらっ子のような笑みを浮かべると
こう言った。
　「いいですよ〜。零一さんが話してくれないんだったら、マスターさんに
聞きますも〜ん♪」
　「うんうん。何でも聞いてね。」

　．．．まったく．．．この二人が結託するとロクなことがない。


　「．．．わかった．．．話すから、そいつの無いことだらけの話を聞くのは
止めなさい。」
　「おいおい〜。失礼なヤツだなぁ。俺は、真実しか語らないぞ！」
　
　君は、そこでちらりと益田を見た。
　その点に関しては、私と意見の一致を見るようだ。

　「．．．ちょっと、ちょっと。君までそんな目で見ないでよ〜。」
　「だって、マスターさんのお話、面白すぎて、嘘かホントかわからないから。」
　「まったくだ。」


　益田にかかっては、私の人生がまるで壮大なる芝居のように表現されかねない。
　手も達者だが、口も達者な男なのだ。
　まぁ、そうでなければ、バーの店主など務まりはしないだろうが。


　「さーさ、零一のクリスマスの逸話を聞かせてもらおうか。」
　「わーい！」

　無邪気に喜ぶ君を見て、自然と私の顔もほころぶ。
　

　「にやけてないで、さっさと始めろ〜。」
　益田は、全てを知っているくせに、催促の声を上げる。


　私は、20年以上昔の話をゆっくりと語り始めた。


　



　あれは、私が小学校に上がる前のこと。
　季節は、今と同じく、クリスマス。

　益田と同じ幼稚園に通っていた私は、まだ、当然ながらサンタクロースの
存在を信じていた。

　
　『サンタさんは、良い子の所に来てくれるのよ。だから、みんなも
良い子にね。』
　という、保育士の言葉を聞き、間違いなく自分の所に来てくれると思って
いた。

　益田もそれを聞き、
　「わーい。じゃあ、僕の所にも来てくれるね〜。」
　などと言っていたが、それはないだろうと言ってやろうかと思った。


　
　しかし、クリスマスになっても私の所にサンタクロースは来なかった。
　「きっと、家がわからなかったんだよ。零一くん家、煙突ないもん。」
　益田は、そう励ましてくれたが、益田の家にも煙突など無いのだ。


　益田はそんなに”良い子”だったのだろうか。
　逆に、自分が”良い子”ではなかったのか、とショックでもあった。


　家に帰り、朝方、母親と交わした会話をもう一度繰り返す。
　「どうして、うちにはサンタさんが来ないの？」
　「さぁねぇ。お父さんが帰ってきたら、相談しましょうね。」
　母はそう言うだけだった。
　その頃、父は海外公演に出かけていて、家には居なかったのだ。
　だが、どうして父にサンタクロースのことを相談しないといけないのだろうか？

　そう母に尋ねると
　「えーっと、お父さんはね、外国に行くでしょ？　だから、サンタさんとも
知り合いなのよ。」
　
　．．．流石に、子供にもわかる嘘だった。

　サンタクロースと友達なのなら、どうして、うちに必ず来るように言って
おいてくれなかったのだろう。


　そう、それでも、まだ私は、サンタクロースの存在を信じていたのだ。
　信じていなかったのは父とサンタクロースが友人である、ということだけ
だった。


　その日の夜、私はなかなか寝付けなかった。
　何度か寝返りを打った後、階下でぼそぼそと話し声がするのが聞こえた。
　母が誰かと電話口で話しているのだろうか？
　だが、相手の声も聞こえてくるような気がする。

　
　私はそっと、下に降りて行った。
　明かりが漏れているのは、リビングのようだ。
　私はそっと聞き耳を立てた。
　
　「．．．だから、言ったでしょ。もう少し早く来られなかったの？」
　「飛行機の都合が付かなかったって、さっきから言ってるだろう．．．。」
　「もう、早く準備して！　あの子が待ってるから。」
　「．．．わかった．．．。」

　どうも父の声とは、違うような気がする。
　．．．誰だ．．．？


　−−−もしかして！！


　そう思った時、二人が動いた。
　私は、そっとトイレに駆け込み、隠れることにした。

　ドアの隙間から、覗いていると、母ともう一人の人影が二階に上がっていく
ところだった。

　しまった！！
　二階に上がられては、私が居ないのがばれてしまうではないか！
　
　
　私は、いつにも増して機敏に動いていた。

　「サンタさん！！　待って！！」
　「わっっ！！」
　私の声に驚いて、二人は振り返った。
　母と、もう一人．．．誰だ？
　マスクを付けた人間が一人．．．。


　−−−サンタクロースじゃない！！

　「誰？」
　「げほっ、ごほっ、がはっ。」
　マスクを付けた男は、驚いたのか、かなり咳き込んだ。
　「．．．泥棒？？」

　子供の発想とは恐ろしい。
　見知らぬ男も、サンタクロースでないのであれば、泥棒だと判断するのだから。


　「わ〜〜〜！！」
　気が付くと、私はその男に向かって、突進していた。
　母が危ないとでも、思ったのだろうか。
　

　「−−−＊＊＊っ！」
　誰かが、私の名を呼んだような気がした。
　「零一！！」
　マスクの男が、マスクを取った。

　「お父さん！」
　

　そう、マスクの男は父だったのだ。
　夜遅くに、帰宅したところだったのだろう。まだ、コートも着たままで、
マスクをしていたのは、海外で風邪を引いて帰って来たせいだったのだ。


　「．．．悪かった。プレゼント、遅くなった。」
　そう言って、父は私に大きな箱を渡した。


　−−−そうか．．．サンタクロースはお父さんだったんだ．．．。

　その時、私は全てを悟ったのだった。


　翌日、幼稚園で、そのことを益田に話すと
　「そんなことないよ〜。サンタさんは、ちゃんと居るんだよ。うちには
サンタさんが来たんだもん。」
　と言って聞かなかった。


　まぁ、それも良いだろう。
　いつか、益田も真実を知る日が来るのだ。
　それまでは、夢を見ていれば良い．．．。
　私は、そう思った。




　私の話を聞き終わって、益田が言った。
　「．．．おいおい。俺って、そんな役所なのかよ！」
　「俺は、当時を振り返って、そのままを話しているだけだ。」
　「ふふふ。」
　私たちのやり取りを聞いて、君は楽しそうに笑っている。
　「零一さんの子供の頃の話って、ホント楽しいですよね。」
　「だろ〜？」
　益田と二人、そうやって話している君を見て、私は思った。



　
　私には、クリスマスの奇蹟より、君の笑顔の方が大切なのだ。

　全ての子供達に、プレゼントを贈るサンタクロースより、私にだけ
その笑顔をくれる君が大切なのだ。

　
　君に−−−
　Merry　Christmas





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素敵サイト『ザッショクゲキジョウ』（管理人・神名まなサマ）
から強奪してきた氷室先生のクリスマス企画ＳＳです。

せんせぇとマスターさんの子供の頃のお話です♪
もう　このふたりの組み合わせは最強！　ですね。

神名さん　素敵ＳＳをフリーにして頂き　ありがとうございました。


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