ワインとカモミール
が氷室と付き合い始めて、もう一年にもなる。
こうやって週末を、氷室と二人きりで過ごすのももう随分になる。
両親はそりゃ喜んで「いってらっしゃい」とは言わないけれど、
氷室への信頼と、娘が嘘をつかないという点を配慮して、暗黙に了解してくれていた。
氷室のために食事を作り、二人で映画を見たり色々話をしたりして、ベッドでくっついて眠る。
そんな週末がたちの週末だった。
しかし今日は少し勝手が違った。
が家からワインを持ってきたのだった。
それは海外出張でイタリアに行ってきた父親から、と氷室へのお土産だった。
氷室は少し困った様相を見せたが快く受け取ってくれ、テイスティングをしてかなり満足げな笑みを浮かべていた。
「あたしも飲みたいです。」
がこんなことを言い出すまでは、氷室はそのやわらかくなった表情を曇らせることはなかっただろう。
「…君はまだ未成年だろう。」
「だって、それは父があたしと零一さんに買ってきてくれたものなんです。あたしにだって飲む権利はあるじゃないですか。」
「…では、君が成人するまでこれは取っておこう。」
「ダメですよ！だって零一さん今一口飲んだじゃないですか！！」
「…君は未成年だ。酒を飲むのを許すわけにはいかない。」
氷室がそう言うと、は少しふくれてぷいっと横を向いてしまった。
……まったく、少し大人びてきたかと思ったら、すぐこんなふうになるのだからな…。
そう思い苦笑しながらも、氷室はそんなが可愛くて仕方がない。
ダイニングテーブルの近くで、地べたに座っているに氷室は手を伸ばした。
するとすっとが身を逸らした。
？？
氷室はソファの上から再びへと手を伸ばした。
しかし、または身を逸らす。
「……何故逃げる。」
は氷室の顔を見ようともせず、ソファに背中を向けたままだった。
「。」
少し氷室の声が大きくなる。
こんなときの氷室の声は、高校生を叱るときの声と同じように聞こえる。
は少しぎくっとしたが、そんなそぶりも見せないように返事もせずにずっと顔をそむけたままだ。
「……まったく、君は…ワインが飲めないからというだけですねる気か？」
氷室がため息をつく。
氷室はのことがとても大切だったけれど、彼女の一挙一動が分からなくなることがあることも確かだった。
これが11年の差か…？？
そう思うと氷室の心を凍える風が通り抜けていく。
埋められない自分との壁を改めて思い知らされたような気がした。
はこちらを見る気はさらさらなさそうだった。
一度すねたら、なかなか機嫌がなおらないこともこの一年で氷室はよく知っていた。
生徒のときの従順な彼女と、付き合い始めてから知ったちょっぴりわがままな彼女。
勿論前者の彼女も好きなのだが、氷室は後者の彼女にも頭が上がらなかった。
…こういうときは時間が要るな……。
の機嫌がなおるまでとりあえず待つしかないだろう。
氷室はソファの近くにあったラックから新聞を取り出して読もうとした。
しかし、この寒いのに、フローリングに座っているを放っておくわけにもいかなかった。
「。」
相変わらずの沈黙が流れる。
「…フローリングに座っていると身体が冷える。こちらに来なさい。」
は硬直したままちっとも動かない。
氷室はほとほと困り果てた表情を浮かべて、ソファから立ち上がる。
「。」
彼女の前面に回ってみると、の瞳には少し涙が潤んでいた。
そのうるうるした瞳に、氷室はすっかり心を揺さぶられて、の腕を握った。
の身体は少し冷たかった。
確かに部屋には暖房が入っていたが、ずっとフローリングに座っていて、の身体はやはり冷えていたのだった。
氷室は深い息をつき、をゆっくりと立たせてソファに座らせた。
「…まったく、君は……。いいか、私は今から風呂を入れてくる。それでゆっくりと温まるんだ。」
は答えない。口をへの字につぐんでいる。もしかしたら、口を聞くと瞳にたまっている涙がこぼれるのかもしれなかった。
氷室はリビングを出て、浴室に向かった。
シャツをめくり、蛇口をひねる。
蛇口からはたっぷりとした湯が勢いよくほとばしった。
そうだ…。
氷室は脱衣所にあるラックの中を覗き込んだ。
ここにはと付き合うようになってから、彼女が持ってくるようになった入浴剤がいくつか入っていた。
は入浴が大好きで、週末に氷室の家に来ては、いつも自分のお気に入りの入浴剤を入れてのんびり入浴するのだった。
そのラックの中には何種類もの入浴剤がある。
いつも先にに入浴させている上に、自分では日頃そういったものを使わないため、氷室にはどれがどれだかよく分からなかった。
いくつか見ていると、ふと入浴剤から少しだけ香りがこぼれているのが分かった。
鼻を近づけてみる。
確かに入浴後のの身体を思わせる香りがした。
彼女の身体からこぼれる芳醇な香りを思い出し、思わず氷室は顔を赤らめる。
その中で、特に氷室の印象に残っている香りがあった。
それをよく見てみる。
カモミールの香りの入浴剤だった。
…そういえば、彼女はハーブが大好きだったな……。
かつて植物園に課外授業にでかけたとき、はハーブを好んで見て回っていた。
そしてその中でもカモミールにはじっと顔を近づけて、長い時間離れずにいたことを氷室は今でもよく覚えていた。
これにしよう。
それを満足げに出して氷室はリビングへと戻った。
しかしリビングに戻ると、そこには氷室を唖然とさせる光景が広がっていた。
何と、ワインの瓶が空っぽになっている。
そしてが顔を赤らめて、ぐったりとソファに横たわっていた。
「な…。」
氷室がに近づく。
「飲んだのか？これを全部？」
氷室がソファのにゆっくりと話しかけると、は目に涙をまだ残したまま、トロンとした表情で氷室に答えた。
「れいいちさんが、いぢわるいうから…いけないんですう…。」
生ぬるい息が氷室にかかる。
その生ぬるいの気配は氷室をぞくっとさせた。
「と、とりあえず寝室に行こう。」
氷室がを抱きかかえようとすると、は無情にもその手を振り払った。
「あたし、れいいちさんのいうことなんか、ききたくありません。」
「あたし、おふろにはいってきまあす。」
ソファからゆっくりと起き上がって、がフラフラと千鳥足で浴室へ向かおうとした。
「待ちなさい！そんな酔っている状態で入浴するのは、心臓に負担がかかってよくない！」
氷室が慌てて止めようとするが、はすっかりへそを曲げていて言うことを聞こうともしない。
「れいいちさんのいうことはきかないってゆったでしょ！！」
そんなふうに強く言われてしまうと、フラフラと浴室へ向かおうとする彼女を強引に止めることは、氷室にはできなかった。
そして彼女が脱衣所でついに服を脱ぎ始める。
「……、その、君の意見を意固地に拒否したのは悪かったかもしれない、しかし、やはり飲酒状態で入浴させるわけにはいかない。
…考え直してはもらえないだろうか。」
最近氷室はどんなに自分が正しいことを言っていると分かっていても、こうやっての前に屈する羽目になっていた。
するとは潤んだ目をじっと氷室に向ける。
彼女の白い上半身は、酒気を帯びて少しピンクががっていて、氷室の視線を釘付けにする。
はにっこりと笑って氷室にしなだれかかる。
「せーんせ。」
「いっしょにはいろ？」
「なっ…、君は私の言うことを理解していないのか？」
「あたし、せんせいといっしょにおふろにはいりたいよお〜〜。」
本当にここのところ、氷室はに勝ちなしだった。
そうやって、結局に誘われるままに今氷室は入浴している。
はご機嫌で身体を洗っていた。
髪をアップしてまとめているのうなじは正直言って、とても色っぽかった。
氷室はバスタブに入ったまま、大きくため息をついた。
すでに自分の下半身が目の前のを求めて、膨れ上がっている。
そんな姿をに見られるのはためらわれた。しかし、こんな時に限っては氷室を官能へといざなう。
「せーんせ。」
「あたし、せんせいのからだ、あらってあげる。」
にっこりとが笑う。真っ白な泡がのピンク色の身体を綺麗にまとっていた。
氷室は視線を逸らす。普段から浴室では眼鏡をはずす。正解だなと思いながら氷室は答える。
「私は後でいい。早く流しなさい。」
その言葉にはまたむっとする。
すっと立ち上がって、泡も流さずに氷室のいるバスタブへと入ってきた。
「！！！」
「せんせい…。」
がじっと氷室を見る。うるんだ瞳。もう涙がこぼれる寸前だった。
「あたしのこと、きらいになっちゃたんだ…。」
「…まさか、そんなわけないだろう。いいから…。」
氷室が「ちゃんと流しなさい」と言おうとすると、の唇が触れていた。
「せんせい、すき…。」
……。
氷室の理性の尾が切れた。
心臓に負担がかかるからとあれほどに言っていたにもかかわらず、バスタブの中で彼女を強く抱きしめて唇を奪う。
彼女から洩れる少し甘い葡萄の香りと、彼女の身体から濃厚に漂うカモミールの香りが、氷室をも酔わせる。
「…っふっ…。」
彼女の口から洩れる妖艶な声。氷室を艶っぽく誘う。
「せんせい…。」
その後、彼女から久しぶりに聞く「せんせい」の言葉と、彼女のピンク色の身体と、うるうるした瞳に屈した氷室は、
バスタブの中で彼女を愛し続けるのだった。
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素敵サイト『朝霞亭』（管理人・あさがすみサマ）
から期間限定で強奪してきた氷室先生の素敵ＳＳです。
せんせぇと一緒にお風呂だなんて なんて萌えなんでしょう（うっとり）
私も入浴剤好きなんですよ〜♪ おまけにカモミールだし♪（大好きなの）
せんせぇの理性がブチ切れるところがまたなんとも・・・・・・
マジ鼻血出そうになりました。えぇ。
あさがすみさん 素敵ＳＳをフリーにしてくださって
本当にありがとうございました♪
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