こうして彼女に誕生日を祝ってもらうのは何回目だろう…。
蝋燭の灯りの向こう側にいる彼女の微笑を見ながら私は昔を思い出した。

彼女がまだ私の生徒だった時のことを・・・


『先生！これ、お誕生日のプレゼントです！』
隠すことなく堂々と私の前に突き出される「誕生日プレゼント」に最初は戸惑った。
『教師が生徒からの贈答品を受け取るわけにはいかない。』
冷たくあしらった時の彼女の残念そうな表情がいまでも鮮明に思い出される。

そう、最初は教師である自分にプレゼントなど持って来る生徒達を私は快く思っていなかった。
少しでも自分の価値をあげようとする輩ばかりだと思っていた。

だが彼女を３年間受け持ってみて、それは間違いであると気付かされた。
ほとんどの生徒が綺麗にラッピングされた包みを持ってくるのに対して、彼女のそれはごく普通のノートであったり、自己学習の成果であったり、とにかく他の生徒とは比べ物にはならない代物だった。
それでも私は断り続けた、一生徒からの個人的な贈り物を受け取るわけにはいかなかったからだ。

だが、３年目のあの日

何故だろう、あの時の自分は不思議な感情に囚われていた。

また、持って来るだろうか。
いや、毎年断り続けているから今年はもう持ってこないかもしれない…

彼女からの『贈答品』を待ち焦がれている自分に気がついてどうして良いか混乱したことを思い出す。

あの時の論文は彼女の勉学に対する熱意とそれ以外の何か…

私への想い…

それらが特に感じられる素晴らしいものだった。

いつの間にか君に恋をしていた

そう自覚するまでそれほど時間はかからなかったのだが…


「零一さん、どうしたんですか？シャンパンこぼれちゃいますよ。」
はっと気が付くとグラスにいっぱい注がれたシャンパンがもう少しで溢れそうになっていた。

「すまない、こうして君に誕生日を祝ってもらうのはもう何回目だっただろうかと昔を思い出していた。君が毎年持ってきたあの数々の『プレゼント』をな。」
「あ、高校時代のことですか。あれはもう時効でしょう？あの時は零一さんがなかなか受け取ってくれないから必死だったんです。何とか貰ってくれる物を一生懸命考えたんですよ。」
笑いながらグラスを目線の高さまで掲げカチンとあわせると嬉しそうに言った。
「お誕生日おめでとうございます、零一さん。」
「あまり沢山飲むんじゃないぞ、その、アルコールが入っているからな。」
「はぁ〜い、わかりました。せんせぇ。」
彼女は悪戯っぽく微笑むとグラスに口をつける。
「やめなさい、もう私は君の先生ではないだろう。…何時までもそんなことを言われたのでは仕方がない。・・コホン、君に頼みがある。聞いてくれるか？」
「何ですか？零一さん。」
小首をかしげて不思議そうに私を見つめる瞳に少し躊躇した・・・だが決めたはずだ、ズボンのポケットに手を入れ小箱を握り締める。

「よく聞いて欲しい。君ももうすぐ大学を卒業するだろう、その…私の…いつも私の傍にいてくれないだろうか。」
ポケットから取り出した小さな箱を君の前に差し出した。

私を見て、テーブルの上に置かれた小さな箱を見た君の瞳から見る見るうちに大粒の涙があふれてくる。
返事を聞く前に体は動いていた、席を立ち君の隣に跪くとそっと涙を拭う。

「開けてくれないか？」
静かにそういうとまだ涙の乾かない潤んだ瞳で私を見つめ、そしてにっこりと微笑んだ。
「はい。」
頷いた彼女はうっすらと頬を染め、箱の中を確認する。
「これ・・・」
「受け取ってくれるな、私の気持ちだ。」
「零一さん・・・私、私・・・。」
言葉に詰まる彼女の指にすっと指輪をはめ、その手に口付ける。
「返事を聞かせてくれないか？君の口からはっきりと。」
「零一さんの傍にずっとずっといてもいいんですか、こんな私で・・。」
「君じゃなければダメなんだ。ずっと待っていた、あの日からずっと。」
「嬉しいです。でも、今日は零一さんのお誕生日なのに…私が嬉しくっても」
「いいんだ、これからは二人の記念日になる。俺はそれで十分だ。愛している…いつまでも…。」
「私も、愛しています。零一さん…」

「最高の誕生日プレゼントだ、…ありがとう。」

彼女を抱きしめながら、しばし満ち足りた気分に浸っていた。

これから毎年私達の記念日になるこの日を

今迄で一番幸せを感じた誕生日を…。