「氷室先生」

　「どうした？　何か用か？」


誰かと零一さんの会話が聞こえてくる。
わたしはそっと音楽準備室の扉の陰から様子を伺っていた。


　「ハイ。先生　今日お誕生日ですよね？　あの・・・・・・
　これ誕生日のプレゼントです」


（かわいい子・・・・・・。誰だろう？
見たこと無いコだから　１年生なのかな？）


零一さんに好意を持っているのが明らかに分かる。
そのコが　零一さんに誕生日プレゼントを渡そうとしていた。


（零一さん　どうするんだろう？　受け取るのかな？
それとも・・・・・・。）


　「私は生徒からの贈答品は受け取りかねる。以上。」

　「そうですか・・・・・・」


そのコは　がっくりと肩を落としてわたしのいる方向とは反対方向に
歩いて行った。


（よかった。こっちに来なくて。）


わたしは壁にもたれかかって　ほっとため息をついた。
その時　わたしは　うっかり立てかけてあった譜面台を
倒してしまった。


（いけないっ！）


そう思ったときには既に手遅れで。
ガチャンという金属音が部屋に響く。
そしてそれは当然廊下にいる零一さんにも聞こえたわけで。


　「誰かそこにいるのか？」


零一さんの声に　わたしは思わず身体を硬直させる。

そして音楽準備室の扉が開けられて。
わたしはなんとも言い難い状況で零一さんの前に姿を現すことになった。


　「ごめんなさい。立ち聞きするつもりはなかったんですけど・・・・・・。」

　「き　君は・・・・・・・。・・・・・・？」


零一さんが驚いた顔で　わたしを見ている。


　「・・・・・・何故君がここに居る？」


　「すみません・・・・・・。あの・・・・・・　わたし・・・・・・。」
　ごめんなさいっ・・・・・・！」


（うわっ　こんなことになるはずじゃなかったのに・・・・・・
わたしって　なんてドジで間抜けなんだろ・・・・・・）


零一さんに怒られる・・・・・・　わたしはそう思った。
でも零一さんの次の台詞はわたしの想像していた台詞とは違った。


　「・・・・・・下の駐車場で待っていなさい。
　１５分で支度をしてくる。」

　「え？」

　「今日はもう全体練習も終了した。君を家まで送っていく。いいな？」


零一さんはそうわたしに言い残すと　くるっと振り向いて
行ってしまった。


（零一さん　やっぱり怒ってるのかな・・・・・・？）


とにかく・・・・・・　これ以上状況を悪くしてはいけないと思い
零一さんの言うとおり駐車場で待つことにした。


そして１５分後　わたしたちは車の中にいた。
でも　車中で何か会話をするわけでもなく　ずっと沈黙が続いていた。
なんかとても気まずい雰囲気。

運転している零一さんの横顔を見る。
暗いので　あまり表情が読みとれないけど・・・・・・。
やっぱり零一さん　怒ってるのかな・・・・・・。
どうして何も言ってくれないんだろう？


車はやがて　とある場所で停車する。
ここは　前に学生時代に連れてきてもらったことのある
あの丘だった。今はもう日も暮れて　外は真っ暗だったけど。

わたしは沈黙に耐えられなくなり　おそるおそる聞いてみる。


　「零一さん　怒ってます？」

　「・・・・・・・・・・・・。」


零一さんは何も言わない。


　「ごめんなさい　今日は学校まで押しかけちゃって・・・・・・
　どうしても今日会いたくて・・・・・・　零一さんの誕生日だったし
　それで・・・・・・　あのっ・・・・・・　わたし・・・・・・」


わたしは　一度しゃべりだしたら　止まらなくなってしまった。


　「ちょっと　不安になっちゃって・・・・・・　零一さんに全然
　会えなくなっちゃって　もうずっとこのままなのかなって・・・・・・
　零一さん　人気あるし　さっきだって　女の子からプレゼント渡されそう
　になってるし　わたしがいなくても　全然平気なのかなって・・・・・・。」


なんか　わたし　めちゃくちゃなこと言ってる。
零一さんを困らせるつもりなんかないのに・・・・・・。
そうしているうちにだんだん視界も涙でぼやけてきて・・・・・・。

次の瞬間　わたしは零一さんに・・・・・・抱きしめられていた。


　「少し　だまっていなさい」

　「れっ・・・・・・零一さんっ？」
　
　「勝手に考えを自己完結させてしまうのは　君の悪い癖だ」

　「ご・・・・・・ごめんなさい」

　「いや・・・・・・叱っているのではない。ましてや
　怒っているわけでもない」

　「・・・・・・・」

　「その・・・・・・　何から話せばよいだろうか。
　話したいことがありすぎて・・・・・・
　とにかく・・・・・・　会いたかったのは俺も同じだ。
　今日は・・・・・・来てくれて嬉しかった・・・・・・
　ありがとう。」

　「えっ・・・・・・？」


（零一さん　いま　”会いたかった”って・・・・・・
そう　言ってくれた・・・・・・よね？）


　「俺もとても・・・・・・君に会いたかった・・・・・・。
　会えない間　ずっと君のことばかり考えていた。」


零一さんも　わたしと同じことを思っていてくれたんだ。

わたしは　涙でぐちゃぐちゃな顔のまま　零一さんを見上げる。
零一さんはそんな　わたしの頬を伝う涙を　指で拭ってくれた。


　「すまなかった・・・・・・　これからは　君も・・・・・・
　俺に遠慮せずに　もっと我が儘を言ってくれても構わない。
　それを受け止めるくらいの器は持ち合わせているつもりだ。」

　「・・・・・・いいんですか？　零一さん　わたし・・・・・・
　いっぱい我が儘　言っちゃいますよ？」

　「もちろんだ。構わない。」

「じゃぁ　零一さんも会いたいときは言ってくださいね」

　「・・・・・・そうだな」

　「約束ですよ？　ちゃんと言ってくだ・・・・・・」


わたしのくちびるは　零一さんのそれで塞がれてしまった。
１ヶ月ぶりのキス。何度も　繰り返し・・・・・・

ゆっくりと　くちびるが離れると　わたしは恥ずかしくなって
下を向いてしまう。


　「コホン・・・・・・　で　君からのプレゼントは？」


しばらくして　零一さんが私にそう聞いてきて
わたしはようやく我に返った。


　「あっ・・・・・・　そうでしたね。」


（わー　今日の本題をすっかり忘れちゃってたよ）


わたしは慌てて　鞄の中からラッピングされた小箱を取り出して
零一さんに渡す。


　「ハッピーバースディ　零一さん！」

　「開けてもいいだろうか？」
　
　「もちろんです！　気に入ってくれるといいんですけど・・・・・・」


零一さんへのプレゼントは　シンプルな腕時計を選んだ。
それもペアウォッチ。離れていても　ずっと同じ時間を刻めるようにと
思いを込めて選んだもの。
そんなわたしの気持ちが　伝わりますように。


　「・・・・・・実はそれ　わたしとお揃いなんです。
　離れていても　ずっと同じ時間を刻めるようにって。」


わたしは　そう言いながら　自分の腕につけている時計を見せた。


　「そうか・・・・・・」


零一さんは今までつけていた腕時計を外して　私が贈ったばかりの
腕時計をはめてわたしに見せてくれた。


　「ありがとう。大切にする。」


そんな零一さんの笑顔を見て　わたしはとても嬉しくなる。


　「俺からも　君に渡したいものがあるんだが・・・・・・」


と言って零一さんがポケットから何かを出して　私に手渡した。


　「これって・・・・・・」


手渡されたものは　零一さんのお部屋の合い鍵・・・・・・？


　「これからは　君の好きなときに　俺の部屋に来るといい。
　いや　来て欲しい。」


（うそみたい・・・・・・。）


　「・・・・・・うれしい・・・・・・。」


なんか今日は　今まで離れていた分　零一さんにすごく近づいた・・・・・・
そんな気がする。
わたしは手渡された鍵を大事に握りしめながら　零一さんにこう言った。


　「・・・・・・今度のお休みに　ご飯作りに行ってもいいですか？」

　「あ・・・・・・　ああ　もちろんだ」

　「ライ麦パンとセロリとチーズじゃないですよ？」





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せんせぇのお誕生日企画『１１月６日から１２日は氷室先生週間です』
で恐れ多くもフリーにしていたＳＳ「主人公Side」です。

自分が１９歳くらいのときはどうだったかなーと　思い出しながら
書いてみました。
そうしたら　ウチの主人公ちゃんはせんせぇに比べて随分と幼稚で
お気楽な設定になりました（苦笑）。
主人公ちゃんは　せんせぇの側でゆっくりと素敵なオトナになって
くれればいいのです（希望）。

で　結局最後の締めは　シリアスに耐えきれずギャグに走ってしま
いました。正直言って玉砕ですね。
でも思い返せば楽しかったですよ。また機会があったら企画物ＳＳ
やれればいいなと思っています。

2002/11/10（前編）　2002/11/13（後編）　脱稿。

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